これまで住宅、店舗、オフィス、クリニック、寺院、宿泊施設など、さまざまな建築を設計してきました。
完成した形だけを見ると、ずいぶん違って見えると思います。
でも、その根にある問いはそれほど変わりません。
建築は、人に何をもたらすことができるのだろう。
そのことを最も小さな建築で考えた仕事の一つが、「移動茶室」です。
大きさは、
2.5m × 2.5m × 2.5m。
一辺2.5mの立方体です。
なぜ、この大きさなのか。
なぜ、立方体なのか。
なぜ、土地に固定せず移動できる建築にしたのか。
そこには、茶室の形を再現することとは少し違う考えがありました。
最後にたどり着いたのは、
人間にとって、本当に必要な空間とは何だろう。
という問いです。
茶室には、人間の身体に近い独特の尺度があります。
人が座る。
手を伸ばす。
道具を置く。
相手を見る。
声を交わす。
広すぎず、狭すぎない。
私は、四畳半の茶室に通じるこの身体と人との近い関係を、現代の建築として考え直してみたいと思いました。
そこで生まれたのが、
2.5m × 2.5m × 2.5mの立方体
です。
伝統的な茶室を縮小したわけではありません。
床の間や畳の構成を、そのまま再現したわけでもありません。
私が取り出したかったのは、
茶室の「形」ではなく、人間との「距離」。
そこから現代の小さな空間を考えました。
大きな会議室を想像すると、
長い机がある。
向こう側に人がいる。
資料を広げる。
パソコンを開く。
そこでは自然に、私たちは「会議をする人」になります。
では、2.5mほどの小さな空間で向き合ったらどうでしょう。
相手の表情がよく見える。
声を張る必要がない。
少しの沈黙にも気づく。
手の動きまで感じる。
空間が小さくなることで、物理的な距離だけでなく、人と人との関係まで変わります。
小さな空間は、人を窮屈にするだけではありません。
余計なものが減ることで、そこにいる人そのものが強く感じられることがあります。
私は、この小さな茶室でそれを考えてみたかったのだと思います。
茶室には、躙り口という小さな入口があります。
身体をかがめなければ入ることができません。
茶室では、外の世界にある身分や立場から少し離れ、人と人として向き合うという考え方があります。
現代にも、たくさんの肩書があります。
経営者。
社員。
上司。
部下。
取引先。
お客様。
専門家。
社会では必要なものです。
でも、ときにはそれを少し外して、人と人として話す時間があってもいい。
2.5mの立方体は、とても小さな建築です。
しかし、
空間が小さくなることで、逆に人間の存在は大きくなる。
そこに、茶室が現代にも伝えられるものがあると考えました。
立方体は、とても単純な形です。
私は、その単純さに惹かれます。
円。
正方形。
立方体。
人間は長い歴史の中で、こうした純粋な幾何学に繰り返し秩序や美しさを見いだしてきました。
古代ギリシアでは、プラトンが正多面体と自然界を結びつけ、正六面体である立方体を「土」と対応させました。
もちろん、この茶室はプラトン哲学を建築化したものではありません。
私が興味を持ったのは、
なぜ人間は、これほど単純な形に安心や秩序を感じるのだろう。
ということです。
形を複雑にして個性をつくるのではなく、できるだけ単純な形にして、その中で起きる人間の関係を強くする。
2.5mの立方体は、その一つの答えでした。
古代ギリシアにはアゴラがありました。
古代ローマにはフォルムがありました。
人々が集まり、話し、商い、社会的な関係をつくる場所です。
茶室は、それとは正反対と言ってよいほど小さな空間です。
規模も。
時代も。
文化も違います。
それでも、一つ共通するものがあります。
建築によって、人と人が向き合う状況をつくっていること。
大きな場所では、多くの人が出会う。
小さな場所では、一人の人間と深く向き合う。
建築は、人を収容するための箱だけではありません。
人と人の関係そのものを変えることができます。
これは、今の店舗、オフィス、クリニック、寺院の設計にもつながっている考え方です。
この移動茶室には、岐阜県の東濃檜を使っています。
小さな空間では、人と素材との距離も近くなります。
木目が見える。
手で触れる。
香りを感じる。
光が木の表面を動く。
広い建築では背景になる素材も、小さな茶室では身体のすぐそばにあります。
だから、
「木を使えば自然な空間になる」
とは考えていません。
どんな木なのか。
どこから来たのか。
身体からどのくらいの距離にあるのか。
どこに手が触れるのか。
どんな光を受けるのか。
そこまで考えることで、素材は単なる仕上げ材ではなく空間体験になります。
小さな建築ほど、素材をごまかしにくい。
同時に、ほんの少しの良い素材でも、人との距離が適切なら豊かな空間をつくれます。
もう一つ大切にしたのが、光です。
内部を均一に明るくすることは考えませんでした。
光が入る。
影が生まれる。
時間によって変わる。
東濃檜の格子を通った光が、細かな光と影になって内部に落ちます。
私はそれを、森の木漏れ日のように感じています。
すべてが明るい。
すべてが均一に見える。
それだけが快適ではないと思っています。
少し暗い。
少し見えない。
光が動く。
その変化があるから、木や人の存在を丁寧に感じることがあります。
空間設計とは、見える形をつくるだけでなく、「どう感じるか」を設計することでもある。
小さな茶室では、わずかな光の変化まで建築の一部になります。
この茶室は、一つの土地に固定した建築ではありません。
移動することができます。
場所が変われば、同じ立方体でも見え方は変わります。
周囲の風景が変わる。
光が変わる。
入ってくる人が変わる。
そこで交わされる会話も変わる。
つまり、
建築は、形だけで完成しているわけではない。
その建築が置かれる場所や、そこにいる人との関係によって意味が変わります。
この考えは、今の私の設計にも強くつながっています。
人も、場所も、目的も違う。
だから、建築の答えも一つではありません。
同じデザインを違う場所へ当てはめるのではなく、場所によって建築の答えが変わる。
移動茶室は、そのことをとても小さな建築で見せてくれました。
この茶室は、日本国内だけでなく上海でも展示されました。
日本の茶室文化を詳しく知らない人も入ります。
座る。
木に触れる。
光を見る。
相手と向き合う。
言葉や文化は違っても、身体を通した空間体験は共有できます。
そのとき、
人間の身体から考えた建築には、文化を越えて伝わるものがあるのではないか。
と感じました。
建築の説明を読まなくても、
狭さ。
距離。
素材。
光。
姿勢。
によって身体が反応する。
これは、この小さな建築を移動させたからこそ見えたことでした。
この考え方は、茶室だけのものではありません。
たとえば店舗では、
「何席入るか」
が重要です。
でも、席数を最大化することと、店の価値を最大化することは同じではありません。
少し席を減らすことで、
落ち着く。
会話しやすい。
料理へ集中できる。
庭が見える。
人との距離がちょうどよくなる。
という価値が生まれる場合があります。
春日井市の「蕎席 雅山」でも、18席という小さな店舗の中で、席数だけではなく、料理、庭、光、人との距離、そこで過ごす時間を一体として考えました。
名古屋・愛知の飲食店・店舗設計|立地条件を「選ばれる理由」に変える
店舗コンセプトについてはこちらでも詳しく書いています。
店舗設計のコンセプトはどう生まれるのか|「選ばれる理由」を空間にする
オフィスでも同じです。
机を効率よく並べる。
できるだけ多くの席を確保する。
それだけがオフィスの価値ではありません。
一人で考える場所。
二人で話す場所。
集中する場所。
偶然、人と出会う場所。
それぞれに適切な距離があります。
面積効率を最大化することと、空間価値を最大化することは同じではありません。
2.5mという小さな空間で考えた「人間から距離を考える」という視点は、現在のオフィス設計にもつながっています。
そして、自ら設計した「森と川に咲く花」を実際に運営することで、その考えはさらに具体的になりました。
人は、図面通りには動かない。
その経験を、また次の設計へ戻しています。
小さな店。
小さなオフィス。
小さな建物。
一般的には「制約」と考えられます。
でも、小さいからこそできることがあります。
良い素材へ投資する。
一人ひとりとの関係を深くする。
運営をシンプルにする。
人との距離を近くする。
空間の個性を強くする。
必要のない建築費を使わない。
つまり、
「小さい」は、不足ではなく戦略になることがある。
ということです。
私は設計するとき、
「どこまで大きくできるか」
だけではなく、
「この事業や暮らしに、本当に必要な空間はどのくらいなのか」
を考えます。
必要なものに、きちんと価値を与える。
それも建築への投資の考え方だと思っています。
建築と経営をどこから結びつけるのかについては、こちらでも書いています。
2.5mの立方体は、とても単純です。
でも、その中で考えたことは少なくありません。
人と人との距離。
身体。
素材。
光。
文化。
時間。
場所。
人が集まるということ。
建築を大きくすることで価値をつくるのではなく、
必要なものだけを残したとき、建築には何が残るのか。
それを考えた仕事でもあります。
振り返ると、この小さな建築で考えたことが、その後の店舗、オフィス、クリニック、寺院、住宅にもつながっています。
だから、用途が変われば答えも変わります。
なぜ住宅・オフィス・クリニック・店舗・宿泊施設まで設計するのか
形を先に決めるのではなく、
使う人、場所、目的、その後の時間から、その建築に必要な答えを考える。
今も、その姿勢は変わっていません。
なぜ2.5mの立方体なのか。
小さくすること自体が目的だったわけではありません。
考えたかったのは、
人間にとって、本当に必要な空間とは何か。
ということでした。
人と向き合うために、どれくらいの距離が必要なのか。
木や光を感じるために、どれくらい近ければよいのか。
一人で考えるには、どれくらいの場所が必要なのか。
人と人として話すには、どんな空間が必要なのか。
その問いを建築にした一つの答えが、
2.5m × 2.5m × 2.5mの移動茶室
でした。
建築の価値は、大きさだけでは決まりません。
豪華さだけでも決まりません。
建築とは、人間と空間との関係を考え続ける仕事なのだと思います。
梶浦博昭環境建築設計事務所では、愛知県一宮市を拠点に、名古屋・愛知・岐阜・三重を中心として、店舗、オフィス、クリニック、宿泊施設、住宅などの新築・リノベーション、既存建築活用を設計しています。
「まだ建てると決めたわけではない」
「どれくらいの面積が必要なのか分からない」
「今ある建物を活かせるのか」
「事業から建築を考えてみたい」
そんな段階からでも構いません。
一つひとつの建築に、その人だけの理由がある。
その想いに向き合い、建築を考える。
最初から形や面積を決めるのではなく、
誰が使うのか。
そこで何を実現したいのか。
本当に必要な空間はどのくらいなのか。
そこから一緒に整理します。
梶浦博昭環境建築設計事務所では、建物をつくる前から相談できる**「建築相談カフェ(90分・無料)」**を行っています。
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