「ひとりごと」と「アート」を掛け合わせた「ひとりごアート」久しぶりに書いています。今回は、庭について考えてみました!
日本庭園の伝統的な空間を振り返ると、「自然に倣う」から「自然を造形する」そして、「自然に回帰する」という大きな時代の流れが見てとれるが、これからの庭のあり方は「自然と共生する」だと考える。歴史的にみると形式的には「共生」してきているように思えるが、ここでの「共生」は内在化・同化させるという深い意味を持つ。自然を「見る・感じる対象」としてではなく、「対象」としての意識を無くしたところに存在する<自然と共生する空間>が、必要とされているのではないだろうか。
庭園の伝統空間の根底には、いつの時代も普遍的な人と自然のあり方を問い続けてきた。その中で、創造的な表現が人を刺激して伝統になり、歴史的にみても人が求めてきたのは、「自然の本質の表現」であったのである。本質を追求するには、自然を、象徴的・抽象的な表現が必要となり「見立て」という手法で、自由な表現を手に入れた。しかし、そこにはまだ自然を意識的に「見て・感じる」という外的な意識がある。
本来、人間も草花も生き物であり自然の一部である。であるならば、人間も自然と一体であり、外的ではなく内在するものと捉えることができると考える。自然と共に生きる「共生の思考」である。「見る・感じる対象」としての庭ではなく、「自然を自分の中に同化させる」庭のあり方の提案である。
自分の中に取り込むことによって、庭に強い生命が宿る。対象としての庭ではなく、共に時間を過ごす唯一無二の庭が生まれる。これこそが「共生の庭」である。強い生命を持った庭は、異質な「モノ・文化」を柔軟に取り込み、自ら変化を受け入れ進化を続ける。価値観の異なるものを積極的に受け入れ大胆に未来を取り入れる。これは、現在の京都の伝統が保存されている姿と同じである。積極的に開放政策をとり、刺激や異質なもの取り続けて進化した伝統文化そのものであり、強い生命力は、庭も都市文化も同じ思想から生まれるものであると思える。
日本の伝統文化は、実態や形態よりも目に見えない唯心的な美意識や思想の中にこそ大切なものがある、庭の伝統的な空間や、建築の伝統的な空間のなかに感じるものは、カタチではなくその思想なのである。
他者や他国、異なる価値観を認め合い、それぞれのアイデンティティを表現することが大切な時代である。庭や文化も同じであり、風土と一体となり、建築と一体となり、人と一体となり、絡み合いながら「共生」する。日本の文化は、<固定的な秩序>ではなく、<関係性の中で生成されていく>ことが大切であり、「理性と感性の関係」、「内部と外部の関係」、「部分と全体の関係」、「歴史と未来の関係」、様々な関係の「共生」こそが新しい文化を生み、新しい伝統をつくり続けることになる。
曖昧性を認める独特の日本文化であるからこそ、「共生する庭」は、流動的で自由で軽く変化に対応し、伝統となりうる庭の新しい思想ではないだろうか。
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