【愛知県稲沢市に残る、築約80年の町屋】
この地域は、かつて旧美濃路の宿場町として人が行き交った場所です。建物には、街道沿いに続く軒、時間を刻んだ柱や梁、奥へと伸びる町屋特有の空間が残っていました。この建物を前にして考えたのは、「古い建物をどう残すか」だけではありませんでした。むしろ、これだけの時間を持った建物を、これから何に使えるのか。そこからリノベーションを考えました。
〖既存建物には、すでに「投資された時間」がある〗
新築は、何もないところから価値をつくります。一方、既存建物には、最初から存在しているものがあります。柱や梁。建物の奥行き。庭や道路との関係。素材の経年変化。街から見えてきた姿。そして、その場所で過ごしてきた時間。築80年という時間は、新しい材料を使っても80年待たなければ手に入りません。だから既存建物活用では、「何が古いか」ではなく、「すでに何を持っているか」を見る必要があります。
〖リノベーションは「安くする方法」ではない〗
既存建物を活用すると、新築より安くなると思われることがあります。しかし、必ずしもそうとは限りません。構造を調べる。耐震性を確認する。設備を更新する。断熱や防水を見直す。新しい用途に合わせて法的条件を確認する。建物によっては、新築とは違う手間が必要になります。だから私が既存建物活用を考える理由は、単純に工事費を下げるためではありません。そこに新築では手に入らないものが残っているなら、それを活かす価値があるからです。
〖建物の価値と「用途の寿命」は別に考える〗
住宅として建てられた。商店として使われた。工場として使われた。旅館だった。その用途が終わると、建物そのものまで役割を終えたように見えることがあります。しかし、用途の寿命と、建物の寿命は同じではありません。住宅だった町家が、宿になることもある。商家が、飲食店になることもある。工場が、オフィスや人の集まる場所になることもある。建物を「昔何だったか」だけで見るのではなく、「次に何になれるか」で見る。ここに既存建物活用の面白さがあります。
〖新築にはない「最初からある個性」を使う〗
店舗や宿泊施設を新築する場合、「この場所らしさをどうつくるか」を考えます。しかし古い町家には、最初からその場所らしさがあります。柱。梁。軒。光の入り方。奥行き。街道との関係。それらをすべて新しい内装で隠してしまえば、せっかく持っていたものをゼロに戻してしまいます。既存建物では、デザインを足す前に、すでに存在する個性を探す。そこから店舗や宿泊施設を考えると、新築とは違う空間が生まれます。
〖古い建物は、事業の背景まで伝えられる〗
飲食店なら、なぜこの場所で料理を出すのか。宿なら、なぜこの土地に泊まるのか。店舗なら、なぜこの場所まで訪れるのか。建物そのものが答えの一部になることがあります。80年残ってきた町家で食事をする。昔の梁を見ながら泊まる。宿場町だった場所を歩いて店へ向かう。これは、新しい内装だけではつくりにくい体験です。既存建物そのものが、事業の物語になる。それは古民家を商業利用するときの大きな可能性です。
〖すべてを使わなくてもいい〗
既存建物を見ると、「全部使わなければもったいない」と思うことがあります。しかし、建物を無理に使い切る必要はありません。残す場所。使う場所。外部にする場所。閉じる場所。将来のために余白として残す場所。建物全体を一度に完成させるのではなく、必要な場所から少しずつ使い方を変えていくという考え方もあります。既存建物だからこそ、時間をかけながら育てることもできます。
〖「古い建物」から「使える建築資源」へ〗
空き家。古民家。古い店舗。昔の医院。使われなくなった工場。閉館した旅館。言葉だけを見ると、「問題を抱えた建物」のように聞こえます。しかし建築家が見ると、大きな梁がある。庭がある。天井が高い。街との関係がある。地域の人が建物を知っている。今では簡単につくれない素材が残っている。と、別の姿が見えることがあります。「古い建物」という見方を、「まだ使える建築資源」という見方へ変える。既存建物活用は、そこから始まります。
〖壊す前に、「失うもの」を一度考える〗
建て替えが適切な建物もあります。すべての既存建物を残すべきだとは考えていません。構造。劣化。法規。事業性。将来の使い方。それらを見ながら判断する必要があります。しかし、解体すれば、建物だけでなく、材料。時間。風景。その場所にしかなかった空間。も一緒になくなります。だから私は、壊すか残すかを決める前に、「この建物を壊したとき、何を失うのか」を一度考えたいと思っています。
〖既存建物利用とは、過去を守ることではなく、未来の選択肢を増やすこと〗
町屋再生は、築約80年の建物を昔の姿へ戻したプロジェクトではありません。既存の柱や梁、町家の奥行き、街との関係を読みながら、現在の暮らしへつなぎ直したリノベーションです。そしてこの考え方は、古民家だけではありません。店舗。飲食店。宿泊施設。オフィス。医院。工場。倉庫。空きビル。既存建物には、それぞれ異なる時間が蓄積されています。梶浦博昭環境建築設計事務所では、「古いから壊す」でも、「古いから残す」でもなく、「この建物には、次に何ができるのか」から考えます。新築には、新築の可能性があります。そして既存建物には、すでに存在しているものから未来をつくる、別の可能性があります。町屋再生は、そのことを考える原点の一つです。稲沢市都市景観優秀賞 稲沢市長賞・住まいのリフォームコンクール優秀賞・わが家のリフォームコンクール特別賞
BEFORE
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