【越前の家は、福井県越前市に建つ古民家のリノベーションです】
この建物は約60年前に一度移築され、使われている木材には100年以上の時間が重なっています。今回さらに、現代の暮らしに合わせた再生を行いました。一つの建物が、つくられ、場所を移し、使われ続け、さらに手を加えられ、次の時間へ進んでいく。この建築を通して、私は改めて考えました。建築は、一度つくって終わるものなのだろうか。
〖既存建物を「古い建物」と呼ぶ前に〗
古い建物を見ると、築年数。劣化。耐震性。断熱性。使いにくさ。まず不足しているものに目が向きます。もちろん、それらを調べることは重要です。しかし同時に、どんな構造が残っているのか。どんな材料が使われているのか。どんな空間があるのか。どんな時間を生きてきたのか。を見る必要があります。既存建物とは、古くなった建物ではなく、すでに多くのものが蓄積された建築資源でもある。私はそこから考えます。
〖「残すか、壊すか」では、選択肢が少なすぎる〗
既存建物について相談すると、「残せますか」「建て替えた方がいいですか」という質問を受けます。しかし、実際の設計にはもっと多くの選択肢があります。残す。変える。減らす。加える。用途を変える。材料だけ受け継ぐ。一部分だけ使う。場合によっては、移す。越前の家そのものが、かつて移築され、その後も長く使われてきた建築です。既存建物活用は、建物をそのまま保存することではありません。次の時間へ何を渡すかを考えることです。
〖100年以上の木と、現在の性能を同じ建築にする〗
越前の家では、100年以上を生きてきた木材と力強い構造を活かしました。その一方で、断熱材、複層サッシ、蓄熱暖房を取り入れ、寒冷地での温熱環境を改善しています。水まわりの一部は減築し、風通しを妨げていた部分を整理。縁台をつくり、外部との関係も組み直しました。内壁やリビング天井には、地域に根付く越前和紙を用いています。つまり、古いものを残すために、現在を我慢する必要はない。古い構造。新しい性能。地域の材料。現在の暮らし。異なる時間を一つの建築の中で共存させることができます。
〖建物全部が使えなくても、価値までなくなるわけではない〗
これは、これからの既存建物再生で大切にしたい視点です。建物全体を残せないこともあります。構造的に難しい。用途に合わない。増築部分だけ問題がある。事業計画に合わない。そんなときでも、梁は使えるかもしれない。建具は残せるかもしれない。石や木材を次の建築に使えるかもしれない。庭との関係を受け継げるかもしれない。「一棟残せない=価値がない」ではありません。建築を部分に分けて見ると、次へ渡せるものが見えてくることがあります。
〖住宅だけではなく、事業用建物にも同じことが起きている〗
古い旅館。地域に残る店舗。築年数を重ねた医院。使われなくなった工場。昔の本社ビル。役割を終えた倉庫。こうした建物にも、大きな梁。高い天井。地域との関係。独特な構造。長年積み重なった認知。新築ではすぐにつくれないものがあります。旅館を宿泊施設として再編集する。工場をオフィスや店舗へ変える。医院を次の世代の診療空間へ更新する。建物の用途が終わることと、建築の価値が終わることは同じではありません。ここに、非住宅の既存建物活用にも大きな可能性があります。
〖ただし、すべての建物を残すわけではない〗
既存建物活用を大切にしているからといって、私は「古い建物はすべて残すべきだ」とは考えていません。新築の方が適切な場合もあります。建て替えた方が、これからの使い方に合う場合もあります。大切なのは、最初から答えを決めないこと。構造。法規。劣化。設備。敷地。事業計画。将来の使い方。そして、その建物に残っている価値。それらを見た上で、残すのか。変えるのか。建て替えるのか。を判断する。これが梶浦博昭環境建築設計事務所の既存建物再生に対する基本姿勢です。
〖「既存建物を読む」ということ〗
私は、リノベーションの設計は、新築とは少し違うところから始まると思っています。新築では、これから何をつくるかを考えます。既存建物では、その前に、「すでにここに何があるのか」を読みます。柱や梁だけではありません。光。風。庭。動線。素材。建物の履歴。周囲との関係。使われなくなった場所。まだ気づかれていない可能性。それを読み取った上で、何を残し、何を変え、何を加えるのかを決めていく。リノベーションとは、古い建物に新しいデザインを加える仕事ではなく、すでに存在する価値を発見し、次の役割へ編集する仕事でもあります。
〖越前の家から始まる、既存建物再生という考え方〗
越前の家は、約60年前に一度移築され、100年以上の時間を持つ木材を受け継ぎながら、さらに現代の暮らしへ更新された建築です。そして、このプロジェクトは住まいのリフォームコンクール国土交通大臣賞を受賞しました。しかし、この作品から私が今あらためて伝えたいのは、賞そのものではありません。建築には、一度目だけではない人生がある。住宅だったものが、次の住宅になる。工場だったものが、人の集まる場所になる。旅館だったものが、新しい宿になる。一棟を残せなくても、材料や構造が次の建築へ渡る。既存建物には、「過去を残す価値」だけではなく、「未来の選択肢を増やす価値」があります。梶浦博昭環境建築設計事務所では、新築も、リノベーションも、建て替えも、最初から答えを決めません。まず、その場所と建物を読む。そして、今あるものの中に、次の建築をつくる手がかりが残っていないか。そこから考えます。越前の家は、私たちの既存建物再生に対する考え方を象徴する建築の一つです。
BEFORE
関連する建築事例 / Related Works