西魚の家は、幅約6m、奥行約37mの細長い敷地に、築80年と築46年の建物が連なる既存住宅を再生したプロジェクトです。敷地には高低差があり、建物にも異なる時間が積み重なっていました。この計画で大切にしたのは、それらを一般的な住宅の条件へ近づけることではありません。細長さ、高低差、建物の履歴。そこにしかない特徴を読み取り、空間の個性として活かすこと。この考え方は住宅だけに限りません。既存の店舗、医院、オフィス、宿泊施設、工場でも、建物の癖や履歴を消すのではなく、次の用途へ活かすことで、その場所にしかない価値をつくることができます。
〖既存建物活用は「整える」前に「読む」〗
リノベーションでは、古い部分や複雑な部分を整理し、新しい建物のように整えることもできます。しかし、それによって、その場所にしかなかった特徴まで消えてしまうことがあります。西魚の家では、細長い敷地。高低差。異なる年代の建物。これらを消す対象とは考えませんでした。むしろ、「この条件だからこそ、どんな空間がつくれるのか」と考えています。既存建物活用では、標準的な建物へ近づけることより、まずその建物固有の特徴を読み取ることが重要です。
〖高低差を、空間のリズムへ変える〗
敷地の高低差は、そのまま空間構成に取り込みました。床の高さを少しずつ変え、スキップフロアとして構成することで、同じ建物の中でも場所ごとに異なる表情が生まれます。視線が変わる。光の入り方が変わる。隣の空間との距離が変わる。高低差そのものを、体験の一部にする。既存条件を消してから設計するのではなく、すでにあるものを読み取って設計しています。
〖細長さを、奥行きのある体験へ〗
幅約6m、奥行約37mという細長さも、この建物の大きな特徴です。庭から、アトリエ。サンルーム。キッチン。リビングへ。床の高さを変えながら、空間が連続していきます。一度に全部が見えるのではなく、進むにつれて次の場所が現れる。細長さが、空間の深さと体験の連続性へ変わりました。これは住宅に限らず、奥行きの深い店舗や細長いテナント、複雑な既存施設でも応用できる考え方です。
〖異なる時間を、一つの建築としてつなぐ〗
西魚の家には、築80年と築46年という異なる年代の建物があります。リノベーションでは、それらをすべて同じ表情に揃えることもできます。しかし、建物が歩んできた時間まで消す必要はありません。新旧を無理に同じに見せるのではなく、異なる時間を持つ場所同士を、新しい使い方によってつなぐ。その考え方は、増築を重ねた店舗や医院、旅館、工場などにも通じます。建物の履歴は、必ずしも整理すべき雑音ではありません。次の用途を考えるための手がかりになることがあります。
〖非住宅では「建物の癖」がブランドになることがある〗
店舗や商業施設では、その建物にしかない特徴が、そのまま体験価値になることがあります。間口が狭い。奥に長い。古い梁が残っている。段差がある。中庭がある。一般的な店舗に近づけるのではなく、その特徴を活かすことで、「ここでしか体験できない場所」になります。医院でも同じです。長く地域に使われてきた建物には、場所の記憶があります。全部を新しくするのではなく、残すべきものを見極めながら、患者動線や診療機能を今に合わせて更新する。それによって、機能改善と地域とのつながりを両立できる可能性があります。
〖オフィスでは、既存建物の特徴が働き方を変える〗
古いオフィスや工場には、新築のオフィスでは得にくい空間があります。高い天井。大きな柱間。深い奥行き。大きな開口。無骨な構造。それらをすべて隠して均一なオフィスへ変える必要はありません。大空間を対話の場所にする。高い天井を開放感として活かす。既存構造をその会社らしい空間の表情にする。建物の特徴から、働き方そのものを考え直す。既存建物活用だからこそできるオフィスづくりがあります。
〖宿泊施設は、均一にしないことが魅力になる〗
古い旅館や宿泊施設には、長い廊下。小さな客室。庭。段差。増築によって生まれた複雑な構成。など、その施設固有の特徴があります。それらをホテルの標準寸法へ合わせて均一にしてしまえば、使いやすくなる一方で、その場所らしさを失うことがあります。むしろ、客室ごとの違い。庭との距離。建物を歩く楽しさ。古い素材の表情。を体験として活かす。既存建物の不均一さが、宿泊価値になることがあります。
〖工場や倉庫は、用途が変わることで価値が見えてくる〗
工場や倉庫は、もともと人が長時間過ごすためにつくられた建物ではないことがあります。しかし、大きな空間。構造の力強さ。天井高さ。長いスパン。既存設備の痕跡。そうした特徴は、用途が変わることで新しい魅力になります。オフィス。店舗。飲食。展示。地域の交流施設。用途を変えることで、建物の価値が初めて見えてくることがあります。既存建物活用とは、元の用途を守ることではなく、その建物が次に何になれるかを考えることでもあります。
〖物件選びの段階から、建築家ができること〗
既存建物を活用するプロジェクトでは、購入後に相談を受けることが多くあります。しかし本来は、購入前から設計の視点を入れることができます。この奥行きを活かせるか。この高低差は魅力になるか。この増築部分は残すべきか。この工場を店舗やオフィスへ転用できるか。この医院を建て替えず再生できるか。現在の姿ではなく、次の使い方まで想像して建物を見る。それによって、物件選びそのものが変わることがあります。
〖既存建物の独自性は、次の事業の資源になる〗
西魚の家では、細長い敷地。高低差。異なる年代の建物。という、その場所固有の特徴を活かしながら、新しい暮らしへ再編集しました。この作品から見えてくるのは、既存建物の価値は、整った条件にあるとは限らないということです。店舗なら、空間体験へ。医院なら、地域との記憶へ。オフィスなら、働き方へ。宿泊施設なら、その場所でしか味わえない滞在体験へ。工場なら、新しい用途へ。建物の個性は、読み方によって次の事業の資源になります。梶浦博昭環境建築設計事務所では、既存建物を新築に近づけるのではなく、その建物にしかない特徴を見つけ、それを次の役割へつなぐことから考えます。住宅リノベーションで培った視点も、店舗、医院、オフィス、宿泊施設、工場、古民家など、さまざまな既存建物再生へつながっています。
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