狭小住宅に込めた、「間」をつくる自邸 逍遥庭園の家 閉じることで、より開く。

  • 愛知県一宮市

独立して間もない頃に設計した、自邸「逍遥庭園の家」です。限られた敷地の中で、できるだけ広く見せようとして、すべてを開放したわけではありません。むしろ大切にしたのは、閉じる場所と、視線が伸びていく場所を同時につくることでした。リビングの大きなガラス面の前にも、コンクリートの壁があります。一見すると、開放感を妨げるものにも見えます。しかし実際に室内にいると、壁によって外からの視線が遮られ、見えない場所が生まれることで、落ち着きや安心感が生まれます。そして、その壁の横では視線が庭の奥へと伸びていく。すべてが見えるのではなく、視線が一度止まり、その先にまた広がる。その繰り返しによって、限られた敷地の中に実際の寸法以上の奥行きをつくろうと考えました。
【閉じることと、開くこと】
住宅では「明るく開放的にしたい」という要望をよく聞きます。けれど、開放とは単純に窓を大きくすることではないと思っています。人には、外へ視線を伸ばしたいという感覚と同時に、どこかに守られていたいという感覚があります。だからこの住宅では、閉じる/開く・守られる/広がる・見える/見えないという、一見相反する状態をどちらか一方に決めるのではなく、同時に成立させようとしました。閉じる場所があるからこそ、開いた場所をより強く感じる。壁があるからこそ、その横に広がる庭や空が意識される。閉じることで、より開く。それが、この住宅の空間をつくる大切な考え方でした。
【庭と建築の「間」をつくる】
この家では、建物だけを設計したわけではありません。コンクリートの壁、中庭、開口、光、風、そして人の動き。それぞれを単独で考えるのではなく、それらの「間」にどのような関係が生まれるかを考えながら配置しました。室内から庭を見る。庭を介して別の空間を感じる。壁によって視線が止まり、また違う方向へ伸びていく。歩くことで、見える風景が少しずつ変わっていく。「逍遥庭園の家」という名前には、限られた敷地でありながら、建物と庭の間を巡りながら、さまざまな場所や風景に出会う住宅にしたいという思いがあります。
【24年後に振り返って】
この住宅を設計してから、約24年が経ちました。当時は、現在のように自分の建築思想を明確な言葉にしていたわけではありません。けれど、これまで設計してきた建築を振り返ると、この自邸ですでに、現在まで続いている考え方の原点があったように思います。人と人。人と自然。建物と建物。内と外。閉じることと開くこと。どちらか一方を選ぶのではなく、異なるものがそれぞれの性質を保ちながら、心地よく共存できる関係をつくること。建築とは、単に「もの」をつくることではなく、その間にどのような関係を生み出すかを考えることなのかもしれません。この自邸は、独立して間もない頃につくった小さな住宅です。けれど今振り返ると、人と人、人と自然、ものとものの「間」をデザインする。という、現在まで続く私の建築の考え方が、すでにこの家の中にあったように感じています。

逍遥庭園の家 閉じることで、より開く。

独立して間もない頃に設計した、自邸「逍遥庭園の家」です。限られた敷地の中で、できるだけ広く見せようとして、すべてを開放したわけではありません。むしろ大切にしたのは、閉じる場所と、視線が伸びていく場所を同時につくることでした。リビングの大きなガラス面の前にも、コンクリートの壁があります。一見すると、開放感を妨げるものにも見えます。しかし実際に室内にいると、壁によって外からの視線が遮られ、見えない場所が生まれることで、落ち着きや安心感が生まれます。そして、その壁の横では視線が庭の奥へと伸びていく。すべてが見えるのではなく、視線が一度止まり、その先にまた広がる。その繰り返しによって、限られた敷地の中に実際の寸法以上の奥行きをつくろうと考えました。
【閉じることと、開くこと】
住宅では「明るく開放的にしたい」という要望をよく聞きます。けれど、開放とは単純に窓を大きくすることではないと思っています。人には、外へ視線を伸ばしたいという感覚と同時に、どこかに守られていたいという感覚があります。だからこの住宅では、閉じる/開く・守られる/広がる・見える/見えないという、一見相反する状態をどちらか一方に決めるのではなく、同時に成立させようとしました。閉じる場所があるからこそ、開いた場所をより強く感じる。壁があるからこそ、その横に広がる庭や空が意識される。閉じることで、より開く。それが、この住宅の空間をつくる大切な考え方でした。
【庭と建築の「間」をつくる】
この家では、建物だけを設計したわけではありません。コンクリートの壁、中庭、開口、光、風、そして人の動き。それぞれを単独で考えるのではなく、それらの「間」にどのような関係が生まれるかを考えながら配置しました。室内から庭を見る。庭を介して別の空間を感じる。壁によって視線が止まり、また違う方向へ伸びていく。歩くことで、見える風景が少しずつ変わっていく。「逍遥庭園の家」という名前には、限られた敷地でありながら、建物と庭の間を巡りながら、さまざまな場所や風景に出会う住宅にしたいという思いがあります。
【24年後に振り返って】
この住宅を設計してから、約24年が経ちました。当時は、現在のように自分の建築思想を明確な言葉にしていたわけではありません。けれど、これまで設計してきた建築を振り返ると、この自邸ですでに、現在まで続いている考え方の原点があったように思います。人と人。人と自然。建物と建物。内と外。閉じることと開くこと。どちらか一方を選ぶのではなく、異なるものがそれぞれの性質を保ちながら、心地よく共存できる関係をつくること。建築とは、単に「もの」をつくることではなく、その間にどのような関係を生み出すかを考えることなのかもしれません。この自邸は、独立して間もない頃につくった小さな住宅です。けれど今振り返ると、人と人、人と自然、ものとものの「間」をデザインする。という、現在まで続く私の建築の考え方が、すでにこの家の中にあったように感じています。

関連する建築事例 / Related Works