既存建物をリノベーションするとき、設備や性能を新しくすることはできます。しかし、新しくするほど良いとは限りません。古い柱。梁。建具。素材の表情。時間とともに生まれた落ち着き。それらまで一緒に消してしまえば、便利にはなっても、その建物である意味が薄れてしまいます。尾西のリノベで考えたのは、機能を更新しながら、既存建物が持っている魅力をどう残すか。その両立でした。
〖古い建物には、すでに価値がある〗
新築では、ゼロから建築の魅力をつくります。しかし、既存建物にはすでに時間があります。長く使われてきた素材。家族の記憶。庭との関係。柱や梁がつくる空間。新しい材料では簡単につくれないものが、そこに残っています。だからリノベーションでは、何を新しくするかより先に、「この建物の何を失ってはいけないか」を考える。そこが重要です。
〖使いやすさを加えても、古民家らしさを消さない〗
この家では、日常生活を1階で完結できるように再編集しました。移動しやすくする。生活動線を整える。必要な機能を近づける。現在の暮らしに合わせた改善を行っています。しかし、そのために建物全体を新築のように見せることはしませんでした。既存建物の魅力と、新しい機能を対立させない。古いものの中に新しい機能を静かに重ねていく。その距離感を大切にしました。
〖バリアフリーを「後から付けた機能」にしない〗
使いやすさを改善するとき、手すりや段差解消などが後付けの設備として目立ってしまうことがあります。しかし、本来必要なのは設備そのものではありません。人が自然に動けること。無理なく目的の場所へ行けること。日々の生活が負担なくつながること。そこで、バリアフリーを設備の追加だけで考えず、間取りや動線そのものから使いやすさをつくる。そうすることで、機能改善を空間全体の中に自然に溶け込ませています。
〖リノベーションで一番難しいのは「境界」を決めること〗
既存建物活用では、全部残す。全部壊す。という判断は、ある意味では分かりやすいものです。難しいのは、その間です。ここは残す。ここは変える。ここから先は新しくする。この素材は使い続ける。この部分は役割を終えたと判断する。既存と新しいものの境界をどこに置くか。その見極めが、リノベーションの質を左右します。尾西のリノベでも、一つひとつの場所を見ながら、その判断を積み重ねました。
〖機能改善が、建物の魅力を下げることもある〗
建物を便利にすることだけを目的にすると、思わぬものを失うことがあります。古い旅館を改修して、どこにでもあるホテルのようになる。歴史ある店舗を新しくして、その店らしい雰囲気がなくなる。古い医院をきれいにして、地域の人が感じていた親しみまで消える。既存建物が持っている魅力は、図面や面積だけでは測れません。機能を上げることと、価値を上げることは、必ずしも同じではない。だからこそ、改修前にその建物が持っているものを読み取る必要があります。
〖この考え方は、非住宅のリノベーションでさらに重要になる〗
店舗、医院、オフィス、宿泊施設、工場などでは、機能改善が求められる場面が多くあります。店舗なら、動線や設備を更新する。医院なら、患者さんとスタッフの動きを改善する。オフィスなら、現在の働き方に合わせる。宿泊施設なら、水まわりや快適性を向上させる。しかし、そのとき既存建物の個性まで消してしまえば、「なぜこの建物を活用したのか」という意味まで失ってしまいます。機能は現代化する。しかし、その建物でしか得られない空間の魅力は残す。この二つを同時に考えることが、既存建物活用では重要です。
〖古い建物を、古いまま保存することでもない〗
既存建物の魅力を残すと言っても、昔の状態をそのまま保存することが目的ではありません。建物は使われてこそ生き続けます。現在の使い方に合わなければ、必要なところは変える。設備も更新する。動線も整える。場合によっては、用途そのものを変える。残すために、変える。一見矛盾しているようですが、それが既存建物再生では大切になります。
〖「古さ」を消すのではなく、時間を次へつなぐ〗
古い建物には、新築にはないものがあります。時間です。長く使われてきたからこそ生まれる素材の表情や空間の落ち着きは、新しくつくろうとしても簡単には再現できません。だから、リノベーションで古さをすべて消してしまうのは、もったいない。一方で、昔のままでは使い続けられないこともあります。そこで必要になるのが、過去と現在のどちらかを選ぶのではなく、その間を設計すること。尾西のリノベでは、その考え方を住宅で実践しました。
〖既存建物活用とは、「何を残すべきか」を見つけることから始まる〗
尾西のリノベでは、古民家の魅力を受け継ぎながら、現在の暮らしに必要な機能と使いやすさを加えました。そこで重要だったのは、古いから残すのでも、新しい方が便利だから変えるのでもありません。この建物の魅力は何なのか。これから使い続けるために、何を変える必要があるのか。その両方を見ることです。これは住宅だけでなく、店舗、医院、宿泊施設、オフィス、工場、古民家など、さまざまな既存建物活用に共通します。梶浦博昭環境建築設計事務所では、リノベーションを単なる機能改善とは考えていません。使いやすさを更新しながら、その建物にしかない魅力を次の時間へ残していく。そこから既存建物再生を考えます。
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