【「繭」は、愛知県刈谷市の分譲マンションを再編集したリノベーションです】
マンションでは、建物全体を自由につくり替えることはできません。柱や梁。外壁。窓の位置。玄関。上下階との関係。共用部分。変えられないものが、最初からあります。しかし私は、そこを不自由だとは考えません。むしろ面白いのは、「変えられない建築の中で、何を変えられるのか」を考えることです。この問いは、マンションだけではありません。テナントオフィス。ビルの一室に入るクリニック。商業施設の店舗。サロン。借りている事務所。既存建物の一区画を使う多くの事業に共通しています。
〖壁ではなく、「関係」を動かす〗
リノベーションというと、壁を壊したり、新しい仕上げに変えたりするイメージがあります。しかし、本当に変えたいのは壁そのものではありません。人と人の距離。光の届き方。風の通り方。視線の抜け。仕事と暮らしの関係。「繭」では、閉じていた間取りを見直し、風が抜け、自然光が回り、視線がつながる構成へ変えました。つまり、空間を変えるとは、人と場所の関係を組み替えること。ここにリノベーションの本質があります。
〖住宅の中に、「仕事」が入ってくる〗
この住まいには、奥様が経営するサロンという仕事の場も組み込まれています。ここが、この作品を住宅だけの話で終わらせない大きなポイントです。住む。働く。人を迎える。一つの空間に、複数の役割が重なる。昔の住宅では、住宅は住宅。仕事場は仕事場。と用途を分けることが一般的でした。しかし今は、その境界が少しずつ曖昧になっています。だから建築も、「この部屋は何室か」ではなく、「ここで何が起こるのか」から考えた方がいい。その発想は、小さなオフィスやクリニック、店舗、サロンにもそのままつながります。
〖一つの場所に、二つ以上の役割を持たせる〗
面積が限られているとき、「もっと広ければ」と考えたくなります。しかし、面積を増やすだけが答えではありません。一つの場所を、朝と夜で使い分ける。仕事と生活で共有する。人が来るときだけ役割を変える。収納によって空間を切り替える。時間によって空間の役割を変える。これも既存建物活用の方法です。たとえばオフィスなら、会議室を一日中会議室にしない。店舗なら、販売だけでなく展示や相談にも使う。クリニックなら、診療時間外に別の役割を持たせる。既存ストックを活かすということは、建物を使い切ることでもあります。
〖「狭い」ではなく、「使われていない時間」がある〗
既存建物を見ると、すぐに面積を見てしまいます。しかし、本当にもったいないのは面積ではなく、使われていない場所や時間かもしれません。一日の中で数時間しか使わない部屋。物置になっている場所。通るだけの廊下。家具によって動きが固定された場所。それらを見直すと、新しく床面積を増やさなくても、建物の使える範囲は広がります。これは住宅以上に、家賃や床面積が経営に直結する非住宅で重要な視点です。
〖借りている建物でも、企業の個性はつくれる〗
自社ビルを持っていないから、「建築で会社らしさを出すことはできない」とは限りません。むしろ、多くの会社や店舗、クリニックは既存ビルの中にあります。変えられる範囲は限られています。それでも、人をどう迎えるか。どこで話すか。社員がどこに集まるか。商品をどう見せるか。患者さんが最初に何を感じるか。は変えられます。建物を所有しているかどうかと、良い空間をつくれるかどうかは別の話です。これは「繭」から非住宅へつながる、かなり重要な視点です。
〖クリニックなら、壁より先に患者の時間を見る〗
たとえばビルの一室をクリニックにする場合。診察室を何室つくるか。受付をどこに置くか。もちろん重要です。しかしそれだけではありません。入口に入ったとき、患者さんはどこを見るのか。受付まで迷わないか。待っている間、落ち着けるか。診察後に人の流れがぶつからないか。スタッフは無駄に歩いていないか。限られた区画の中でも、人の時間を整理すれば空間は変わります。建築全体を変えられなくても、体験は変えられる。それが内部空間を設計する意味です。
〖店舗なら、「面積」ではなく体験の濃度を上げる〗
店舗も同じです。広い店だから魅力的とは限りません。むしろ小さな店舗ほど、入口。商品との距離。スタッフとの関係。視線。照明。素材。滞在時間。を丁寧に設計できます。限られた一区画を、単なる商品を置く箱ではなく、その店の考え方を伝える空間にする。既存テナントでも、それは可能です。
〖オフィスでは、床面積より「人がどうつながるか」〗
オフィスについても、何坪あるか。何席置けるか。だけではなく、誰と誰が自然に会うのか。一人になれる場所はあるか。会話はどこで生まれるか。集中と交流をどう切り替えるか。を見る必要があります。マンションリノベーションで家族の距離を調整することと、オフィスで社員同士の距離を設計すること。用途は違っても、建築家が見ているものは近い。壁ではなく、人と人の間を設計する。ということです。
〖既存ストックの価値は、一棟単位だけで考えなくていい〗
既存建物活用というと、古い工場を丸ごと再生する。一棟の古民家を宿にする。といった大きなプロジェクトを想像しがちです。しかし、都市には膨大な数のマンションやテナントビルがあります。それらを全部建て替えることはできません。むしろ、一室。一区画。一フロア。という小さな単位から更新していくことも、既存建物活用です。「繭」は、その小さな単位から建築を考えたプロジェクトです。
〖新築できないことを、弱みにしない〗
新築なら自由があります。一方、リノベーションには制約があります。でも、自由が多いほど良い建築になるとは限りません。変えられないものがあるから、その間をどう使うか考える。固定された窓があるから、光の回し方を考える。限られた面積だから、一つの場所に複数の役割を持たせる。既存建物の制約は、設計を小さくするものではなく、発想を深くするものにもなります。
〖一室から、建物の未来を考える〗
「繭」は、一室のマンションリノベーションです。しかし、この作品から考えられることは住宅だけではありません。既存ビルのオフィス。クリニック。店舗。サロン。ショールーム。小さな事業拠点。建物全体を変えられなくても、そこで働く人、訪れる人、過ごす時間は変えられる。だから私は、既存建物活用を一棟単位だけでは考えません。小さな一区画でも、使い方を読み直し、人の関係を組み替え、一つの場所に複数の役割を与えれば、建築はもう一度動き始めます。梶浦博昭環境建築設計事務所では、「この建物では何もできない」ではなく、「この条件の中で、まだ何を変えられるだろう」というところから考えます。それが「繭」から見えてくる、既存建物活用のもう一つの可能性です。※全国リフォームアイデアコンテスト優秀賞/わが家のリフォームコンクール特別賞。
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