【尾頭橋の家は、築約90年の町家を再生したリノベーションです】
大正期の建築の特徴を残しながら、細かく分かれていた内部を現在の暮らしに合わせて再編集しました。この建物で考えたのは、古い住宅をきれいにすることだけではありません。長く街に存在してきた建物を、次の時代にどう使い続けるか。その問いから設計を始めています。これは住宅だけでなく、古い店舗、旅館、ホテル、医院、オフィス、地域施設など、既存建物を次の事業へ活かすときにも共通する考え方です。
〖建物の価値は、建物の中だけにあるとは限らない〗
既存建物を調べるとき、構造や設備、間取りを見ることはもちろん必要です。しかし、それだけではありません。街からどう見えてきたのか。地域の人にどう記憶されているのか。どんな時間が建物に積み重なっているのか。尾頭橋の家では、大正建築の特徴を残す屋根装飾を受け継ぎました。それは単に古いから残したのではありません。この建物がなくなったとき、街から何が失われるのか。そこまで見て、残すものを判断しています。
〖街に残す部分と、内部で変える部分を分ける〗
長く残ってきた外観には、その建物らしさがあります。一方、内部の使い方まで昔のまま残す必要はありません。既存の1階は細かく部屋が分かれ、光や風が入りにくい状態でした。そこでLDKの一部に吹抜けをつくり、上部から光を取り込みました。道路側から坪庭まで空間をつなぎ、建物の奥へ光と風が届く構成へ変えています。外から見える建物の記憶は残し、内部は現在の使い方へ更新する。保存と更新を同じ建物の中で両立させました。
〖古い建物を、昔のまま残すことが目的ではない〗
既存建物活用というと、できるだけ手を加えず保存することを想像する場合があります。しかし、使われなくなれば建物は残りません。現在必要な機能を入れる。動線を変える。設備を更新する。新しい用途を受け入れる。使い続けるために変えることも、建物を残す方法です。尾頭橋の家では、町家の記憶を残しながら、現在の生活に必要な空間へ変えました。
〖店舗では「その場所で商売する理由」になる〗
この考え方は、既存店舗の再生でさらに重要になります。古い建物を店舗にするとき、すべてを新しい内装で覆えば、きれいな店はできます。しかし、それでは、その建物を選んだ意味まで消えることがあります。古い梁。入口。路地との関係。庭。窓。昔から街に見えていた外観。それらを残しながら、厨房や設備、客動線を現在の営業へ合わせる。すると、その建物そのものが、「ここに行ってみたい」と思わせる理由になることがあります。既存建物の履歴を、商業空間の魅力へつなぐ考え方です。
〖旅館・ホテルでは、建物の記憶が滞在体験になる〗
古い旅館や町家を宿泊施設として活用するときも同じです。すべてをホテルの標準仕様へ揃える必要はありません。庭。古い建具。廊下。梁。町との距離。小さな部屋。そこにしかない特徴を残しながら、断熱、水まわり、設備、動線など必要な性能を更新する。そうすることで、「古い施設に泊まる」のではなく、「その建物の時間を体験するために泊まる」場所へ変わる可能性があります。既存建物の古さそのものではなく、その建物にしかない時間を宿泊価値へ変えることができます。
〖地域施設では、建物そのものが人をつなぐ〗
地域に長く残った建物を、新しい交流施設や文化施設へ活用する場合にも、その記憶は大きな意味を持ちます。まったく新しい建物より、「あの建物がこうなったのか」という驚きがある。以前を知る人と、新しく訪れる人が同じ場所を共有する。建物が、世代をつなぐきっかけになります。既存建物を再生することは、新しい機能を入れるだけでなく、地域に残っていた記憶をもう一度社会へ戻すことでもあります。
〖医院やオフィスにも「その場所らしさ」がある〗
医院にも、長年地域で使われてきた時間があります。建物を全部新しくすると機能は改善できますが、地域の人が持っていた親しみまで消えることがあります。オフィスでも、古い構造。工場時代の痕跡。大きな窓。天井高さ。その会社の歴史を感じる部分。を活かすことで、新築にはない企業の個性をつくることができます。古い部分を残すことが目的ではなく、企業や施設の背景を伝えるものを見つけて残す。それが非住宅の既存建物活用でも重要です。
〖既存建物は、事業の差をつくる資源にもなる〗
新築では、必要な機能をゼロからつくれます。一方、既存建物には最初から、時間。地域との関係。素材。建築的な特徴。人の記憶。があります。それらは制約にも見えますが、新築ではつくれない事業の個性になることがあります。だから既存建物を見るとき、「新築と比べて何が足りないか」だけを見るのではなく、「この建物には、新築では得られない何があるのか」を見ることが大切です。
〖建物を残すかではなく、次に何を担わせるか〗
既存建物について、残すか。壊すか。だけで考えると、選択肢は狭くなります。住宅を店舗へ。町家を宿へ。工場をオフィスへ。医院を次世代の診療空間へ。使い方を変えることで、建物そのものの意味も変わります。既存建物活用とは、過去の用途を守ることではなく、建物に次の役割を見つけること。尾頭橋の家は住宅として再生しましたが、その設計の考え方は非住宅の用途転換にもつながります。
〖一棟の再生から、街の次の風景を考える〗
尾頭橋の家では、築約90年の町家の表情を街へ残しながら、内部を現在の使い方へ更新しました。残したのは、昔の姿そのものではありません。この建物がこの場所にある意味です。既存建物には、所有者だけではなく、街や地域との関係が蓄積されていることがあります。店舗、旅館、ホテル、医院、オフィス、地域施設でも同じです。何を残すのか。何を変えるのか。次にどんな人が使うのか。どんな事業を受け入れるのか。梶浦博昭環境建築設計事務所では、既存建物を単なる改修対象として見るのではなく、その建物が次の事業や地域に、どんな役割を担えるのかまで考えます。建物を一棟再生することから、街の次の風景をつくる。それも、既存建物活用にできることだと考えています。※全国リフォームアイデアコンテスト優秀賞
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